世界がどんなに酷く回っていても。
自分の内面世界が宇宙よりも広いと感じることができたなら。
いつも自由で、平和でいられる。
たとえ悲しみの傍観者となってしまっても。神は許すだろう。
会えない人と、逝ってしまった人への存在の大きな違いは、生きているのに会えない苦悩と、心の中で生き続けているという安堵感だろう。
俺は死んだ親父に会えなくても寂しくないし、心の中にリアルに存在してるんだから。
これは絶対だ。焼かれた遺骨の中に親父はいなかった。墓の中にも天国にもいない。
俺の心の中に生き続けている。
なんだか理由はわかんないが、海老蔵にエールを送るために書いてみた
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